無意識にふれるKrone  

大輔さん新プロステキすぎてボーッっとしてます
でも不思議な高揚感もあって
とにかく幸せ
大輔さんの描く世界観のせつなさ美しさに胸が苦しくなる感じ
それすらも
いやこのせつなく胸が苦しくなる感じも含めての幸せです。
カーニバルオンアイスには行かなかったのですが
すぐにテレビで放送があるというのは本当にありがたいです。

「ギルティクラウン」というアニメはまるで知らなかったし
曲も初めて聞いたし
作曲家の澤野さんという方もまったく知らなかったのですが
たくさんの「ギルティクラウン」ファンの方達の
世界観の表現の見事さに感動した!美しかった!
というような感想をたくさん読んで
うんうんそうでしょうそうでしょう!と
(いや私は原作まるで知らないんですが(〃ノωノ))
そうに違いない!
だって大輔さんだもの!!!って
うなづきまくっていました

テレビで大輔さんの演技を見るまで曲を聴くのも我慢して
その時を待ちました。

切なくて美しくて
心の際にふれていくような
心の奥底に突き刺さっていくような
深く大きな心象風景のようなプログラムだなあと

普段の生活の中で心の底に押し込めている感情
その部分に触れていくような表現は
大輔さんの真骨頂の一つなのではないでしょうか?

最近よく読んでいるユング心理学によると

我々は自分が考える通りに生きているつもりでいますが
意識で意図して生きている部分は
ごく僅かの部分でしかありません

意識と無意識が離れすぎると
心身症や神経症などの心の問題が
生まれてくると考えました

そのため、我々の意識が
無意識からのイメージを理解したり
メッセージとして受け取るということが
重要なことだと考えています

大輔さんの演技は無意識の部分の強く働きかけるような印象を受けます。
我々の意識が押し込めている無意識の領域にある感情にふれ
解放し昇華してくれる

よく「癒し」という言葉が聴かれますが
大輔さんの演技にはそういう効果があると思います。
いやありますね!(断言)
我々の意識が無意識にふれる働きをしてくれていると

10年も前の大輔さんのexになりますが「ノクターン」を思い出しました。
あの演目も無意識そのものだったように思います
言葉で表現しようと思えばできなくはないかもしれないけれど
いくら言葉にしてもしきれないあまたの想い
千の言葉を尽くしても
万の言葉を尽くしても
言葉で語りつくせない
人の心の深層
そのものだったのではないかと

驚くのがKroneという演目
私にとってはですが
これほど心の深層や無意識の領域というものを強く感じるのに
非常に具体的な作品がベースにあるということ

原作ファンの方の感想を読みました。
主要登場人物3人のすべてが浮かび
具体的なシーンが浮かび
原作の世界観をも表現しているとか!
音楽と演技がぴったりなのは言うまでもないことですが
この音楽が使用されるシーンにもぴったりだということ!

衣装含めとても緻密に計算されたプログラムにも関わらず
「狙ってます」あざとさ感がまったくない
というかそういうことと対極にある作品だなと。
「はからい」や「作為」をまるで感じないところに驚きを感じます

レヴィ・ストロースの労働観なのですが

西洋における「労働」は
「生命のない物質へ人間が一方的に働きかける」という意味合いが強い。
つまり、自然は人間の力を前にしてはまったく受動的な存在で、
人間の方が一方的にプランを押し付けたり、支配したりするのが「労働」なのです。

しかし、日本の「労働」はちがっていて
例えば陶器を作っている職人が
「この土がなりたがっているように仕上げる」
「素材の良さを素材自身がのぞむようにひきだしてやる」と表現します
自然は支配対象ではなく
「自然の中にある本質を受動的に引き出す」というのが
日本人の働き方なのです

音楽といれかえてみます

音楽がなりたがっているように舞踊にしあげる
音楽のよさを音楽自身がのぞむようにひきだしてやる
音楽の中にある本質を受動的に引き出す


私が大輔さんの演技から受ける印象がこういうことなのではないかと。

これもレヴィ・ストロースの言葉ですが

「世界の何かが彼を通して表現する」という言葉を使っています。
つまり、人間主体が何かを表現するのではなくて、
「世界の何かが人間を通して表現する」というのが
日本人特有の自然との接し方であり、働き方なのです。
「自然の人間化」とも呼んでいます。


自然の人間化→音楽の人間化
ってまさに!って思います

世界の何かが高橋大輔という人間を通して表現する

この「世界に何か」は「無意識」にあたるのではないかと思いますが
無意識にも
個人的無意識と普遍的無意識があって
大輔さんの表現は個人的無意識にふれるものではありますが
それにとどまらないもっと大きな普遍的な無意識にふれるものだと感じています。

<拍手コメントのお礼です>

n 様

コメントありがとうございます♪
本当に放送があること、しかもすぐに!っていうところがとても嬉しいです。
アニメファンの方達の感想を読んで幸せな気持ちになっています。
>フィギュア以外のプロの方との交流や仕事が実を結ぶというか、活かされていると思います。
本当に!
引退後の活動が糧になっていて
ちゃんと実りの果実として味わわせてくれたことに感謝です。
アンコールステップ放送ありましたね♪
久しぶりに披露してくれた月光ステップ
衣装にもKroneからの流れにもぴったりでした!
素晴らしかったですね+゚。*(*´∀`*)*。゚+
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生きるとは、自分の物語を作ること

大輔さんがインスタに阿国舞をUPしてくれた!!!
大輔さんの中で何かが生まれているというか変化しているのを感じます。

LOTF2017の3月の赤坂のイベントの時に感じたのだけれど
大輔さん自分の演技に自信を持ち始めてる?!

大輔さんが試行錯誤して体を作って努力して数々の試合に臨んでいた現役選手時代には
感じられなかったものをこの時私はですが感じたように思います。
残念なことに選手時代は大輔さんの自信をくだくような外的圧力がやはり
大きかったんじゃないかな
ジャッジの採点はロビーでほぼ決まっているような状況で
きっと選手たちも観客もそのことをわかっているのだろうけど
やはり点数順位での評価というのは相当選手自身にとって大きいものなんだろうなと。
点数順位以外にもいろんな圧力を感じないわけにいかなかったし。
フィギュアの世界のものは
大輔さんに自信を与えてくれるものにはならなかったんだなあと改めて

点数順位の世界から解放されたことで
LOTFや氷艶で外の世界の真のプロの表現者たちと舞台を作り上げることで
大輔さんがフィギュアスケートの世界で培ってきたこと、磨いてきたことが
やっと実を結んだというか!
実を結び始めたというか!
あと、なんといっても大輔さんの華
もちろん一人で氷上に一人で存在していても華を感じる方ですが
舞台上で、もしくは役を纏うと一層華がきらめくというか
真のプロっていうのは技術もあってその上で真摯に表現することに向き合っているという方々
という意味で書いています。

現役時代は大変だったかもしれないけど美化されてきている
という言葉をまた嬉しくかみしめています。

生きるとは、自分の物語を作ること」から引用

人は、生きていく上で難しい現実をどうやって受け入れていくか
ということに直面した時に
自分の心の形に合うように
その人なりに現実を物語化して記憶する作業を
必ずやっていると思うんです

ここでいう物語というのは、
虚構のフィクションとか虚構のストーリーといった
通常使われているような意味ではなくて、
「自分を生かす意味の体系」といった意味です。

心理学者の河合隼雄は、カウンセリングという行為を介して
いっしょに物語を紡いでいる。
うまく紡げた時は、その患者さんは治癒していく


大輔さんは、LOTFで氷艶で
自分を生かす意味を紡げたんだねきっと。
それが美化されているということなのではないかなあと。
フィギュアの世界で紡ぎえなかったことが
あの世界でのたくさんの経験思いがあって
その上で、その状態で、LOTFや氷艶の世界に入ったことで
紡ぎえたのだろうなと。
大輔さんの場合、治癒したということもあるのだろうけど
そこからさらに歩を進めて自分の意志で歩み始めていますね。

そんな大輔さんが滑りたい曲で今までなかった衣装で滑る新プログラム
見逃したくない!!!
けどKバレエの「クレオパトラ」のチケットを早々取ってしまっていて
「クレオパトラ」めっちゃ楽しみなんですけどね
大輔さんもっと早くCaoiinを告知してほしかった・・・
でも、きっといろいろなことが彼の中で実を結んでの
今なのかもしれませんしね
つくづくすぐテレビで放送してくれるのがほんとありがたいです

life with Coffee フォトコンテスト

life with Coffee フォトコンテスト 行ってきましたヽ(´∀`)ノ
こんなに近くで生大輔さん見れたのいつ以来かな?
やっぱり大輔さんは生の方が断然かっこいいですね
髪が伸びててメッシュ入っててすごく似合ってるし
相変わらずおしゃれだし穏やかだけどオーラあってそしてかわいい(*´v`)
アーティストとしてもアスリートとしてもすごい人ですが
こういうイベントでの姿もなんて魅力ある方だろうなとつくづく
ファン度がUPしてしまいますね↑

イベント自体も和やかで思ったよりずっと楽しめました♪
大輔さんの姿をちょっとでも見れたら嬉しいなというぐらいの気持ちで行ったのですが
受賞者の方々の日常生活の中にあるコーヒーの写真を見たり、
審査を務めた方のあたたかい講評を聞いていると
こちらまであたたかい気持ちになってきて
表彰式の時はコーヒーはまだ用意されていないのに
始終コーヒーの香りが漂っているような空気感を感じました。
家に帰ってきてから丁寧にコーヒーをいれたりして
大輔さんの佇まいや写真を思い返して
普段よりコーヒーがおいしく感じました。

司会者の方が表彰式はこれで終了です
というところでもうおしまいかと思ってしまい場を離れてしまったのですが
囲み取材もあったと後で知ってショック(ノ_<)
でも、動画があがっていたのでほっとしました。

この動画、嬉しいお話がたくさん

オリンピック当時は大変だったと思うんですけど
思い出が美化されて
大変さを忘れつつあります。


月日が流れたということもあるでしょうが
(時薬って昔から言いますものね)
大輔さん今が充実していて楽しく幸せな気持ちがあるから
こういう心持ちになっているのかなあ
なんて勝手に推測して
とってもとっても嬉しい気持ちになりました。
ジンとしました。

私とかうまくいかないことが続いてしまったりすると
過去に原因を探してしまったりなんてことをしてしまうこともあるけれど
今に満足できてたり幸せだったりすると
うまくいかなかったり辛かった過去も肯定的に受け止められるというか

大輔さんインスタでストーリーをいろいろ見せてくれていますが
なんだか心を開いてくれているような思いがして
誰に、というより世界に心がひらかれているという状態というか
現役引退して留学して帰国して
あの日々から4年くらいたって
そういう気持ちでいてくれること
そういう気持ちを私も本当に嬉しい気持ちで感じられること
ファンで居続けて本当に幸せだなあとまたまた思いました。

本当にやりたい曲のピアノver
体がちゃんと作れた時に
本当にやりたいverをまたしようかと思っています


こういうじらしプレイ?は嬉しいですね
新プロをあれやこれやと思い巡らす日々という大輔さんからのプレゼントですね

歌舞伎は一大イベント
他業種とコラボレーションはいろんな刺激を受けましたし
舞台を経験していきたいと心から思ったので
いいきっかけを与えてくれました
バサラ同じ演目をやりたい


大輔さんがこんなに具体的に
「この曲がやりたい」とか
「この演目がやりたい」とか
言ってくれるなんてあまりなかったというか
ほとんどなかったというか?!
まったくといっていいくらいなかったような?!

舞台を経験していきたいと心から思った

オリンピックまではナビの仕事が忙しいかもしれないけど
来年きっとまたなんらかの舞台観れる予感!!!!!

幸せなイベントでした。
コーヒー飲むたびにコーヒーの香りを感じるたびに
この日のステキな大輔さんと嬉しい言葉の数々を思い返すんだろうなと思います。

コーヒーはもともと好きなのですが
前よりもっともっとコーヒーが大好きになったから
このイベントは大成功ですね(笑)

あらためて ソチのビートルズメドレー

録画していた「アキレアの橋」やっと見ましたー。
やっとというのは見るまでにかなりの精神的葛藤があり
自分のメンドくささにうんざり。
大輔さんはリアルには私の人生に関わりのない人であり
そういう意味では架空の存在に近いような気もします。
でも、やはり彼の演技や生き方みたいなものは
私の魂(というと大げさかな?)みたいなところに関わってくるすごーく大事なものにも思えてきたりして
ああ、やっぱり自分がメンドくさい!
彼の現役引退前の2年は思い返しても胸が痛い。
氷艶やLOTFを見てそしてテレビでですがザアイスやFOIのキレキレのスケートを見ることができて
何年のも彼のファンでいられたことの喜び と
今も彼のパフォーマンスに本当に心惹かれていることの幸せ感 を味わってる時に
古傷に触られたくないような気がしてしまって。

なんてウダウダ考えていましたが見てよかったです!!
ホントによかった
ソチの演技を大輔さんのコメント聞きながら見れるなんて(っω・`。)

「優しい顔をしていると言われた。
競技者ではなかった。」
と言っていたけれど
競技者の鎧を外した大輔さんは本当に透明感があって美しかったと改めて。
いつものように一言も怪我のせいにはしなかった。
大輔さんにはドSなフィギュアスケートの神様は
ひょっとするとそういう競技者の鎧をはずした大輔さんの演技を見たかったのかな。
このオリンピックシーズンにはじめてのローリー振付のプログラムになったこと。
「ビートルズメドレー」というプログラムが与えられたこと。
このプログラムを完成させるために大輔さんはあそこまであんなにも追い詰められて
あれほどのピュアな透明感を見にまとってあの舞台に立ったのかな。
ピュアといっても赤ちゃんみたいな何も知らないピュアさじゃないんですよ。
たくさんの経験をしていろんな思いをして肉体的な痛みも経験して
その上で得た境地というのかな。
ビートルズメドレーというプログラム自体のテーマはローリーが言っていたように
「愛」ですよね。
大輔さんと子供の頃から良質な愛情というものを知って育ってきた方ではないかと。
そんな大輔さんに向けられたフィギュアスケートという競技においての悪意みたいなものも
この演目がこの演目を滑る大輔さんが愛として吸収してしまったように
アキレアの橋を見た時に感じられらました。
もちろんフィギュアスケートに対する愛
支えてくれた周囲の人たちに対する愛
そんな大きな愛が悪意すら愛として吸収してしまったのかなあって。

観客との間に壁があるような感じがしたといっていましたが
それって「結界」ですよね。
オリンピック会場にうずまく「欲」から大輔さんを守る結界
大輔さんの体から自然に発された結界かもしれないし
大輔さんを応援する人たちが
彼を彼の演技を守るべく生じた結界かもしれない。
彼は現役選手最後までアスリートでありたかったと思うし
私は最後まで彼はやっぱりアスリートの気持ちをもっていたのではないかなと思うけれど
彼の意志ではなく魂みたいな部分がすでに
作為のまかりとおったフィギュアスケートの競技から卒業してしまっていたのではないかなと思いました。
だからその後の世界フィギュアはもう存在しなかったのかなと。

ビートルズメドレーは大好きな演目で
やはり今でも私にとって大輔さんの最高のFSはビートルズメドレー
でもまたいつしか見れなくなっていました。
アキレアの橋でいつ以来かわからないくらい久しぶりに見ました。

水のようなエネルギーの流れを感じました。
いろいろに形を変えて勢いを変えて流れていく水
愛という名の水
その流れる大きな愛に包まれるような
その流れは大海原に向かい解き放たれていく。

今大輔さんは大海原にいる
どこに向かうかもわからないけれど
勇敢に優雅に大海原を漂っている大輔さんを感じています。

大声で讃えたい

「氷艶」BSプレミアム放送ありがったかったです!
この時間帯では新国立バレエやボリショイやマリインスキーバレエを放送してくれたりするので
私にとって大変貴重な枠の番組です。

現地で2回見ましたが映像で見ると表情がよく見えて
やはり映像のよさというものはありますね
大輔さんの演技できないっていうのはもう通用しないですね
これから大輔さんがいろいろな役を演じるのが見たいです

映像で見て感じたのは
スケーター達は話さないじゃないですか
それが無声映画と弁士みたいでかなり面白いと思いました!
弁士自体が役者さんというのもまた面白い
以前、無声映画とピアノの会というイベントに誘われていったことがあったのですが
その時の心持ちを思い出しました。

次の大輔さんの氷艶(あれば)の私個人の勝手な希望
ヤマトタケルか日出る処の皇子でよろしく
遊女に扮して酒宴に乗り込む話はヤマトタケルが元ネタですよね
そして日出る処の皇子は両性具有な感じがよろしいかと
女性的というより性別不詳感
どちらも本当に欲しいもの=愛がどうしてもどうしても手に入らないお話で
そういう美しくて強くて悲しい役はぴったりに思えます

阿国踊りが何度もリピできるのが幸せすぎます
いや全部どこもかしこもなんですけど
現地で見た時よりはるかに美しくはるかに蠱惑的な義経様がいました
そして立ち回りの男らしさかっこよさ
こういう当たり役って名俳優と言われてる方達もなかなか出会えないんじゃないかと思うのですが
もちろんあて書きだってことはわかっているのですがね
役のはまり具合が半端ないというより義経そのものでした。
思えば大輔さんは選手時代様々な音そのもので
音の魂そのものであり続けている大輔さんが
役の魂そのものであることはなんら不思議ではないのかもしれません
ファンとしても非常に嬉しい驚きでした。

やはり一番リピ率高いのは阿国踊りです。
遊女の色香が神のような神々しさにもつながる
俗と聖
日本に古代あった地母神崇拝においては性はタブーではなく
神事としてと尊ばれる傾向があり聖娼というものが存在したそうです。
大輔さんの阿国舞は神事でもある遊女の舞ですね

神事により
叡智霊感を授かる高揚感  があり
真逆の方向にいくと
狂気エクスタシー失神昏迷 があり
この真逆な極点は球体になっていて
どちらも一点に収束するのだそうです。

阿国舞はこの一点を肉体で表現していると思いました

俗も突き詰めれば聖になる
言葉だけで説明されたとしたら真逆すぎてポカンですが
こうして大輔さんが肉体で語り視覚化してくれるともう説明いらずです

もともと大輔さんはそういう芸風?というのかな
大好きなプログラム「VAS」を思い出します
シャーマンから召喚された妖獣かなと思うのですが
聖なる神の使いにも感じられました

聖と俗とをつなぐところ
大輔さんはそういうギリギリの境目を表現するのがうまいというか
聖と俗の境目をなくしてしまうというか

阿国舞のシチュエーションも抜群ですね
美青年が遊女に扮して遊女は男姿をしている
男と女の境目すらわけがわからなくしてしまうという・・・


古今東西の古典を読んで文章を書くという教室に通っています。
そこで大輔さんのことを書いたのでここに載せます。
阿国舞ではなくLOTFのアデルのプログラムのことを書きました。
先生にしか見せる気はなかったのですが(コメントしてくれるので)
大輔さんの踊りをたたえたくて
大声で大輔さんのすばらしさを叫びたい気持ちなので
私なりのその表現です



年を重ねるにつれ、悲しいこと辛いことは言っても仕方がない、
愚痴になるばかりだと口にしなくなっていった。
そういう気持ちになったら体を動かしたり、
ちょっとお酒を飲んだりと、
気分転換やストレス解消みたいなことはうまくなったような気はする。
とはいえ、それは考えないようにしようとしているだけのこと。
悲しい気持ち辛い気持ちは消えていないのだなと気づかされたことがあった。
あるダンスの舞台を見た時のことだ。
振付家の意図やダンサーの解釈によって、
その音楽から喚起される心情なりイメージなりを踊りとして表現しているのかと思うが、
そのダンサーが私の心の底に澱のように溜まっているののを引き受けて
吐き出してくれているように感じた。
押し込めて感じないように見えないようにしていたものを
目に見える形あるものとして、引きずり出されたようだった。
「涙のイエス」のマリアの涙を引き受けているイエスの話を読んだ時、
踊るそのダンサーの姿が浮かんだ。
舞台という架空の場を通してということはもちろん承知しているが、
実際にイエスのような人が存在していて、
悲しみ辛さを引き受けて悲しんでくれているのではないか。
現実に生きていて生身の肉体を持ったダンサーが
リアルなものとして体感させてくれた。
私は何かの宗教に帰依しているわけでもなく、
宗教画を意識して見たことがあるわけでもない。
でも、このダンサーの踊りのイメージが宗教画みたいだと思った。
その絵は目に心に焼き付いている。



<拍手コメントのお礼です>

n 様

コメントありがとうございます
返事はいいということでしたが
スミマセン。ちょっとお話したくてo(^▽^)o
阿国舞を何度もリピできるの本当に嬉しいです
でも嬉しすぎて日常生活がとんでいってしまいそうです(笑)
足の方は大丈夫ですよ
ご心配していただいてありがとうございます
ちょっとぐきっとしてしまっただけなので。
すぐ腫れもひきました。